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「すみだ北斎美術館」-最新テクノロジーと伝統技能の融合~ふたつ揃わないとよいものはつくれない~

この11月22日に、「すみだ北斎美術館」がオープンしました。画狂人と自ら称し、何千点という作品を残した天才葛飾北斎(1760〜1849)とその同門たちを専門とした美術館です。場所は、北斎が生まれ育った墨田区の、両国駅から歩いて直ぐのところです。この界隈は、美術館前の北斎通りを中心に、アートと職人技を味わうことができるショップやカフェが多くあります。この他にもアートに触れることができるのは、菊竹請訓設計の「江戸東京博物館」、伊東忠太設計の「東京都慰霊堂」、「たばこと塩の博物館」、「NTTドコモ歴史展示スクエア」などこの地域に多数あります。一度、訪れたらどうでしょうか?「すみだ北斎美術館」の設計は、妹島和世氏。フランスランスに設計したルーブル美術館別館の設計をはじめ、建築のノーベル賞とも呼ばれるブリツカー賞を受賞した建築家です。

すみだ北斎美術館_全景

「すみだ北斎美術館」は、今までにない建築


この美術館は、コンペという過程を経て妹島氏に決定されました。日本に限らず世界でもこうした重要な建築において設計者選定にコンペというものが行われるのです。この美術館も世界各地からたくさんの建築家が参加しました。実はぼくも参加しましたので、懐かしくこの地を訪れました。

以前と変わらない美術館前の公園がそこにありました。近隣の子どもが駈け周り、やはり墨田は他の東京と違うことが判ります。樹や巨大な遊具もそのままでした。その公園の奥に「すみだ北斎美術館」が、すっと建っています。美術館の外壁はアルミです。窓らしきモノはありません。そのアルミ外壁は、夕方の曇りでも鈍く光り空に溶け込むものです。近づくと堂々としています。アルミ外壁の裂け目がエントランスで、仰々しさはありません。室内は思ったより小さく、訪れる人で賑わっていて、地域美術館として成功しているのが判りました。

1階は図書館、ホール、エントランスで、3つのボリュームに別れています。そのボリュームが3階でひとつになり、上階の2層分が展示室です。建物の構成をそのままスムージングしたような全体の形をしています。ここに斬新性があります。そのボリュームの裂け目が開口です。真っ直ぐ向いた通常の開口ではないので、そこから見える景色はまちまちです。それは、建物の形が明確であっても、利用者がまちまちに風景を感じることを期待するものです。今までにない新しい建築です。

「須佐之男命厄神退治之図」の復元


ところで、この美術館は建築もさることながら、展示内容も充実しています。最近発見された絵巻物「隅田川両岸景色図巻」と、「須佐之男命厄神退治之図」のふたつがオープニング展の目玉です。どちらも北斎の肉筆画であり、絵を通して、江戸の風景や、当時の世相を誰でもが読み取ることができます。手塚治虫氏をはじめ日本の蒼々たる漫画たちは北斎を参考にしたといわれています。そうした漫画家を引き寄せる理由が理解できます。

「隅田川両岸景色図巻」は、風景画であることもありスノビズム的な繊細さがあります。最近、イギリスで発見され、今回日本に戻ってきました。風景の最後に、吉原で楽しんでいる人たちが描かれています。一説には、それが北斎本人といわれています。

写真:隅田川両岸景色図巻写真:隅田川両岸景色図巻

「須佐之男命厄神退治之図」は、関東大震災で焼失したものを復元したものです。この近くにある牛嶋寺が所有していたものです。詳細な写真を撮っていたため、それが今回の復元に役だちました。ただしそれは白黒写真でした。そのため、白黒写真から、当時の鮮やかな色を復元することが問題となりました。それを可能にしたのは、凸版印刷の木下悠氏による現代のコンピュータ解析技術です。木下氏は、これまでそうした作品の復元をいくつも手がけてきました。この肉筆画は、当時流行した病気を煩ったむごたらしい妖怪たちを、上から須佐之男命が押さえつけるという躍動感のある作品です。

写真:須佐之男命厄神退治之図写真:須佐之男命厄神退治之図

その形相や体の撚り具合、筋肉の描写など、それらは北斎漫画で見たものですが、その精密さが見るものを圧倒します。その復元に至る詳しいドキュメンタリーを、閉じた展示室の横の明るいロビー空間で鑑賞できます。

すみだ北斎美術館「内観」すみだ北斎美術館「内観」

北斎時代の最先端技術


ところで北斎は絵具に長け、当時のドイツや中国からの輸入品を使って、様々な色や発色を試みていたと聞きます。富嶽36景で有名な青色は、実はドイツからの舶来顔料です。これをベロ藍といいます。ドイツのベルリンでしか手に入らなかったのでこうして呼ばれたそうです。科学顔料で、長崎交易を経てもたらされました。

どうやら、北斎はこの肉筆画でもこうした顔料を多用して新しい色を試みていたそうです。それは、現代のコンピュータで解析した結果発見されたことです。とはいえそれは、木下氏がいうには、現代のコンピュータ解析からでも、その色の特定までは判明できないそうです。そこにはある曖昧さがあるのです。そのため木下氏は、修復士の天野山文化遺産研究所山内章氏の助けを求めます。その微妙な色は、デジタル技術では追いつくことができず、伝統的な人間の感性が必要とされるという訳です。

そこで判明したことは、当時の絵具は粒子の大きさがまちまちで、単に混ぜ合わせるだけでは期待した色をつくれなかったということでした。経験からベロ藍と同サイズの粒子の絵の具を山内氏は探し、調合に努めます。最終的に、それは紫色に似た色であることが突き止められ、私たちは躍動感を感じることができるようになりました。その他にも、北斎は様々な最先端技術を導入しています。

今では当たり前になった遠近画法も、いち早く北斎は導入したと言われています。あの富嶽36景神奈川沖浪裏の、円形に波建つ向こうにある富士山の構図は、そうしてできました。そしてその構図は、この肉筆画にも活かされています。

建築は様々な専門家による共同作業でできている


妹島さんの建築に限らず、建築には、テレビやPCなどの他の生産と比べてもはるかに多くの人と職種が関わっています。当然その分野での専門技術に依存しています。この美術館の外壁のアルミなどが最たるものと思います。あるいは、あの全体形を地震の多い日本で実行することも大変であったとことが想像できます。そして最終的なあの形はどうして発想したのだろうと考えたりします。妹島さんは、たくさんの模型をつくることで有名です。大きな模型をつくってそれを実際に確かめながら決定しているようです。

今年の夏に、フランク・ゲーリー展が開かれました。彼の建築は複雑さで有名です。スペインビルバオのグッゲンハイム美術館、最近ではパリにルイ・ヴィトン美術館を完成させました。彼は複雑なことを可能にするために、建築パーツを創り出すCADシステム(コンピュータによる作図システム)を開発しています。それは単なる作図システムを超えて、BIMという方法で、工場生産にまで直結するものです。

それによって、世界中どこでも彼の期待する複雑な形をしたパーツの製作が可能になりました。しかし、その決定において、彼もおびただしい数の模型を制作しています。そこには最新の技術とひとがもたらす感覚ふたつがあり、建築家がそれを操作しています。素晴らしい建築を建てるためにその両方が必要となります。

あなたの住宅にも応用可能な現代建築のテクノロジー扱う専門家


あなたのつくる住宅も実はこうした設計技術によってもっと快適で素晴らしいものになります。間口の狭い敷地の駐車場に出てくる2階を支える柱はないほうが、自動車が入りやすいと思っていないでしょうか?最新の構造解析技術を駆使すれば、それも可能となります。あるいは旗竿敷地で陽が差し込まない問題を抱えていないでしょうか?

最近は、ファボラブという、3Dプリンター等の機械を揃え、自由にそれを扱える場所がいくつか生まれています。そこに行きアイデアがあれば、立体的なものを誰でもが自由に創ることができます。その流れは住宅にもきています。今までは住宅は展示場にあるパターンを選ぶものでした。それが今では、洋服や食事にずっと近づいています。選ぶこともできるし、自分でつくることもできます。選択の幅が拡がったのです。DIYセンターやこのようなファブラボを利用して自分が好きなものを組み立てる。そういう時代に来ています。このようにものをつくる環境はどんどん進化しています。

写真:DIYコーナー写真:DIYコーナー

そうした中で、重要視されなければいけないこととは、それを利用して何をつくるかということです。むしろ、そうした制作技術で補えないものが何かが明確になってきたといえるかもしれません。北斎の色は、最終的に北斎自身によって決定されました。住宅における人それぞれの好みや要求などがそれに当たると思います。先の狭小地における問題に戻りましょう。これまでは、そこに柱がなければいけませんでした。ところが、新しい解析技術を利用してそうした柱を外すことが考えられるようになりました。むしろ、新しい解析技術を通じて、もっと間取りを自由に考える時代に来ているといってよいでしょう。

問題は、住宅はあまりにも多くの専門分野から成り立っていて、そのため、なかなか一般には、上述したように、何が問題かを明確に把握しにくい途中段階にあることです。そのとき専門家を気軽に利用してください。DIYセンターに行くように、気軽な気持ちで専門家に相談するとでしょう。自分で専門的な技術を操ることはできませんが、専門家を通じて、自分の好みや要求を明確にしていくことができると思います。最近はそうすることで、住宅も身近にしていく人が多くなりました。

街に建築家が携わった住宅を多く見かけるようになったのは、それを表しています。専門家を利用するメリットはこういうことです。制作技術は生活環境をよりよくします。それに加えて、私たちの好みや要求もさらに明確にすることができます。そのように考えて専門家を利用する方法があるのです。

著者紹介
遠藤政樹
株式会社EDH遠藤設計室 / 千葉工業大学建築学科



1963年東京都生まれ
1989年東京理科大学大学院修士課程修了後に難波和彦+界工作舎に勤務。
1994年にEDH遠藤設計室設立。
2008年から千葉工業大学にて教鞭も執っています。
これまで関わった代表作品は、ナチュラルシリーズの一連の住宅。
港区高輪中高生プラザ、港区伊皿子坂保育園などの公共建築の設計業務。
遠藤政樹詳細ページへ

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