ゼネコンの物価スライド獲得状況について|2024年版
最終更新日:2024年11月22日
【ゼネコンによる物価スライドの獲得が徐々に加速】
国内の建設市場では、世界的なインフレや円安の影響による資材価格の高騰と人手不足による労務費の高騰を受け、2024年に入っても建築コストの高騰が続いています。
特に「高騰が止まらない設備工事費の現状と今後の動向」で紹介したように、近年はゼネコン(総合建設会社)が設備工事会社(設備サブコン)に発注する設備工事費の高騰が顕著で、ゼネコンのコストは大幅に増加しています。
これまでゼネコンは、増加したコストを自助努力および自らの利益を削ることで吸収してきましたが、その結果、2021年度と2022年度の決算では、多くの会社で営業利益率が低下しました。
その後、ゼネコンによるコスト増加の吸収も限界を迎え、徐々に発注者への価格(建築費)転嫁が浸透したことで、2023年度(2024年3月期)の決算では、営業利益率が改善した会社が出始めていますが、依然として多くのゼネコンにとって採算性の厳しい状況が続いています。
工事を請け負うゼネコンにとっては、近年の著しい資材価格や労務費の高騰により増加したコストは適切に転嫁し、また、請負契約後であっても、物価スライド請求を通じて、請負金額を変更することで、一定水準の利益を確保する必要があります。
そこで、今回は、近年におけるゼネコンの物価スライド獲得状況と併せて、これまで物価スライドがなかなか進まなかった背景等も含めて紹介していきます。
1. スライド条項について
まず、スライド条項の現状について見てみると、近年の急激な物価高騰への対応として、例えば、東京都では、公共工事の請負代金額の変更(スライド条項)に関する契約において、2023年1月16日からインフレスライドを優先的に適用することを決定しています。(下表1参照)
表1|公共工事標準請負契約約款におけるスライド条項の概略
全体スライド 対象:工期12か月超の工事 | ・契約日から9か月経過した後の賃金水準または物価水準の変動分 ・残工事費の1.0%を超える分※ |
単品スライド 対象:全工事 | ・対象資材:鋼材・燃料油・その他主要な工事材料 ・対象資材の物昇額が残工事費の1.0%を超える分 |
インフレスライド 対象:全工事 | ・残工期が2か月以上ある工事 ・残工事費の1.0%を超える分 |
※東京都では残工事費の1.0%を超える分が全体スライドとして適用されるが、全国的には残工事費の1.5%を超える分が全体スライドとして適用される。
インフレスライドとは、「予期することのできない特別な事情により、工期内に日本国内において急激なインフレーション又はデフレーションを生じ、請負代金額が著しく不適当となったとき」に、ゼネコンが公共事業の発注者に請負代金額の変更を請求できる措置です。
また、インフレスライドの適用は、「残工期が2か月以上ある工事」及び「残工事費の1.0%を超える分」が対象となっており、複数回の請求も可能となっています。
このように、公共工事においては、物価上昇時に請負代金の変更を請求できるスライド条項が定められており、ゼネコンにとっては、工事費の追加を請求しやすい状況にあると言えます。
一方、民間工事においては、下表2のように、請負代金額の変更に関して、明確な規定は示されておらず、契約自由の原則の中で、物価高騰への対応は発注者に委ねられているのが実情です。
表2|民間工事請負契約約款における請負代金額の変更について
契約期間内に予期することのできない法令の制定もしくは改廃又は経済事情の激変などによって、請負代金額が明らかに適当でないと認められるとき。 |
長期にわたる契約で、法令の制定もしくは改廃又は物価、賃金などの変動によって、この契約を締結した時から1年を経過したのちの工事部分に対する請負代金相当額が適当でないと認められるとき。 |
2. これまで物価スライドが進まなかった背景
民間工事において物価スライドの適用が進まない背景として、大きくは以下に示すような3つの理由が挙げられます。
1) 総価請負契約による慣習的な考え方
まず、日本における建設工事のほとんどは総価請負契約であり、慣習的にゼネコンが民間の発注者に対して物価上昇で増加したコストを請求することが難しい点が挙げられます。
一般に、民間発注者は契約金額に基づいて事業の採算性等を判断しているため、請負契約後の物価高騰による追加の請求は受け入れ難いものです。
もちろん「物価高騰による製造コストの大幅増を自社製品の製造で実感している製造会社の発注者は、物価スライドへの理解があり、追加請求は比較的受け入れられやすい。」とゼネコン関係者が話すように、発注者の所属する業界によって物価スライドに対する許容度は異なります。
しかし、全体的には、これまで国内の総価請負契約において、物価上昇を理由としたゼネコンからの追加請求を発注者に受け入れてもらえないケースが少なくありませんでした。
2) 物価上昇の際の措置が曖昧で不明瞭
また、前述したように、民間工事請負契約約款における物価上昇による請負代金額の変更措置が曖昧かつ不明瞭であり、物価高騰への対応が発注者に委ねられていた点も、これまで物価スライドの適用が進まなかった理由として挙げられます。
実際にゼネコン関係者からは「2022年まで、発注者から物価スライドによる追加の協議に応じてもらえないケースが多く、協議の場を持てたとしても全く追加を認めて貰えないゼロ回答も少なくなかった。」との声が、また、デベロッパー関係者からも「昨年までは、基本的に契約後の物価上昇による追加請求は認めていなかった。」との声が聞かれました。
このように、物価上昇が顕著になり始めた2021年から2022年頃まで、契約後の物価スライド適用に対する民間発注者の意識は低かったように見受けられます。
3) 物価上昇率を協議する際の公的データと実態の乖離
実際に発注者とゼネコンの間で物価スライドに関する協議が行われる際、重要なポイントとなるのが、契約後に増加したコストや、その上昇率を、何に基づいて決定するのかという点です。
当然のことながら、発注者の立場としては、物価上昇分を変更契約価格に反映するための根拠資料を要求します。そして、発注者が納得できる根拠資料として、例えば、建設物価調査会の刊行物等に記載された市場単価や建築費指数など、公的機関が公表するデータが多くのケースで採用されてきました。
しかしながら、近年のように急激な物価上昇の際は、これらの公的データは実態と大きく乖離する傾向があります。この理由としては、例えば「刊行物の掲載価格は変動しにくい」、「最新価格反映までにタイムラグが発生しやすい」、「特注品や新商品の価格動向を示すのが難しい」などの理由が挙げられます。
その為、「発注者から物価スライドの計算は公的データを用いるようにと言われると、その上昇率が実態と比較してあまりにも低い為、物価スライドの請求金額が大幅に少なくなってしまう。」と多くのゼネコン関係者が口を揃えています。
そして、公的データと実態の上昇率に大きな乖離が生まれた結果、物価スライドが認められたとしても「昨年までの案件で実際に物価スライドを獲得できた金額は、実際のコスト増加分の2割から3割程度」との声が聞かれるように、ゼネコンとしては適切な価格転嫁ができていない状況が続いていました。
3. ゼネコンの物価スライド獲得状況
ここまで紹介したように、これまで物価高騰の中で、ゼネコンにとっては物価スライドを思うように獲得できていない状況が続いていました。また、民間発注者の中でも特に不動産デベロッパーにとっては工事契約後の物価上昇による請負金額の変更は基本的に受け入れ難いものでした。
しかしながら、例えば、ゼネコン関係者が「大手のデベロッパーであっても最近は物価スライドの話を聞いて追加を認めてくれるケースが増えてきている。」、「物価スライドを申請した場合、全く認めないといったゼロ回答はほとんど無くなった。申請金額を認めてもらえるケースが2割~4割程度、50%以上認めてもらえるケースが4割~6割程度、50%以下しか認めてもらえないケースが2割程度。」と話すように、最近では、不動産デベロッパーを含む民間発注者は協議に応じるだけでなく、物価スライドを適用して、追加の請求を認めるケースが増えてきています。
そこで、ゼネコンが民間工事において、どの程度、物価スライドを獲得しているのかについて具体的に見ていきます。
適正な工期設定等による働き方改革の推進に関する調査(国交省)の令和5年度調査によると、建設企業(有効回答企業数1,276社)への調査では、物価等の高騰で工事に影響が出た場合、4割以上の企業が「(注文者に)協議は依頼しない」「協議依頼しても応じてもらえない」と回答しました。また、協議できたとしても、「すべて契約変更が行われた」のは全体の約2割となりました。
一方で、民間発注者(有効回答企業数96社)への調査では、物価等の影響を受けて契約変更の「協議を行った」とする回答は66.3%となりました。また、協議を行った企業においては、「すべて契約変更を行った」と回答した割合は23.6%、「受注者から変更契約協議の申出がなかったため協議を行わなかった」とした企業は18.1%でした。
以上の調査結果から、2023年度は資材価格高騰の影響を受けて、全体の約6割の企業が変更契約協議を行い、全体の約2割の企業が全ての契約変更に応じた形です。
同調査において、2022年度と2023年度の調査結果を比較してみると、建設企業への調査では、「全て契約変更が行われた」と回答した割合は、2022年度が15.1%だったのに対して、2023年度は21.1%と増加しています。また、「一部契約変更が行われた」と回答した割合は、2022年度の30.6%に対して、2023年度は71.7%と大きく増加しています。(下図1参照)
同様に、民間発注者への調査を見ると、「すべて契約変更が行われた」と回答した割合は、2022年度が5.3%だったのに対して、2023年度は23.6%と増加しています。また、「一部契約変更が行われた」と回答した割合は、2022年度の36.8%に対して、2023年度は63.6%と大きく増加しました。(下図2参照)
このように、2022年度と比較して、2023年度は、物価上昇に伴い契約変更が行われた割合が大きく増加しており、ゼネコンから発注者への価格転嫁の動きは拡大していることが分かります。
さらには、「建設業法及び公共工事の入札及び契約の適正化の促進に関する法律の一部を改正する法律」が今年6月に公布され、「価格転嫁協議の円滑化ルール」が12月に施行される予定です。
この建設業法等の改正におけるポイントの一つが「資材高騰に伴う労務費へのしわ寄せ防止」であり、受注者の注文者に対するリスク情報の提供義務化、請負代金の変更方法を契約書記載事項として明確化、資材高騰時の変更協議へ誠実に応じる努力義務が求められるようになります。
その為、建設物価の上昇が続く中、この改正により、今後ますますサプライチェーン全体での価格転嫁が進むことが予想されます。
以上のように、今回は、近年の物価高騰によるゼネコンの物価スライド獲得状況について、これまでなかなか適用が進まなかった背景なども併せて紹介しました。
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