工事可能な時期の遅れに価格高騰が重なるエレベーター危機
最終更新日:2023年8月10日
【工事可能な時期の大幅な遅れと価格高騰が加速】
国内の建設市場では、2021年より続く資材価格の高騰、2022年の世界的なインフレの影響を受け、2023年に入っても建築コストの高騰が続いています。
特に「設備工事費が高騰している具体的な理由とは」でレポートしたように、近年は工事を請け負うゼネコン(建設会社)が設備工事会社(設備サブコン)に発注する設備工事費の高騰が顕著となっています。
こうした中、エレベーターやエスカレーターといった昇降機についても、「首都圏を中心としたプロジェクトで新設エレベーターの工事着手ができるか不安」「価格が大幅に上昇している」といった声が上がっており、今後の先行きが懸念されています。
そこで今回は、建物の発注者やゼネコンなどの関係者にヒアリングした結果に基づき、首都圏を中心に昇降機の工事可能時期が大幅に遅くなっている現状や価格高騰、今後の見通しについて、以下の観点から具体的に解説していきます。
1. 昇降機の分類と対応する建物規模について
まず、昇降機の分類について大まかに解説します。昇降機は大きくエレベーターとエスカレーターに分かれます。また、エレベーターはロープ式が主流となっており、その中で、大きく標準型(昇降機メーカーの既製品・標準品)と特注型に分かれ、さらに、機械室の有無によって分類されます。
また、エレベーターは、各昇降機メーカーにおける規格によって、速度や何人乗りであるかは異なりますが、各エレベーターで対応可能な人数、速度、建物の高さは概ね下表のように整理することができます。
エレベーターの簡易分類表
標準/特注 | 標準型 | 特注型 | |
機械室 | 無し | 無し | 有り |
かごサイズ (人乗り) | 6~15 | 6~30 | 15以上 |
速度 (m/min) | 45~105 | 120以上 | |
対応の建物高さ | 60~100m程度まで | 60~100m以上 |
つまり、建物の高さが100mを超える大型開発において、機械室が有る特注型のエレベーターの採用が必要になることが分かります。
2. 昇降機の工事可能時期、その現状と原因について
ここでは、現在、昇降機の工事可能な時期が、これまでと比較して大幅に遅れている現状と具体的な理由について、分かりやすく解説していきます。
1) 工事可能な時期の現状について
現在、工事の時期が危惧されているのは、特注型のエレベーターで、特に機械室が有るタイプ、すなわち建物の高さが100mを超える建物に対応するエレベーターです。
例えば、2023年7月現在、特注型エレベーター(機械室有)の工事を依頼しても、主要昇降機メーカーは2028年前半から2029年後半まで工事が着手できない現状です。
また、特注型エレベーター(機械室有)ほどではないものの、特注型エレベーター(機械室無)の場合は、今工事を依頼したとしても2024年前半から2026年前半まで待たなければなりません。同様に、標準型エレベーターの工事可能時期は2024年後半から2025年前半となっています。
エスカレーターについては、時期を制限していないメーカーもあれば、工事着手の時期が2025年や2026年となるメーカーもあり、エレベーターほどでないものの、従来と比べ確実に後ろ倒しとなってきています。
このように、昇降機の工事が可能な時期は、いままでと比較して大幅に遅くなっており、特に、超高層プロジェクトなどで採用される特注型エレベーター(機械室有)は驚く時期となっているのです。
2) 工事可能時期が大幅に遅くなっている具体的な理由について
ここで、昇降機の工事可能時期が従来と比べて大幅に遅くなっている理由について解説していきます。
まず、需給逼迫が原因として挙げられます。具体的に、近年、首都圏を中心に多く開発されている大規模開発案件では、大人数に対応したかごサイズで120m/min以上の高速エレベーター(機械室有の特注型)が必要となりますが、据付け可能な作業員の数が限られていることで、人員配置が難しく、結果として昇降機メーカーが受注を制限していることが挙げられます。
特注型エレベーターの需要は約7割が首都圏に集中しているため、首都圏を中心とした需給逼迫であれば、他の地域から据付け作業員を呼び寄せて対応できないのかと言った声もあがっています。しかしながら、近畿地方をはじめ他の地域にも一定の需要があるため、他の地域から首都圏へ一時的に作業員を要請することは容易ではないと考えられます。
この、昇降機を据付ける作業員不足は非常に深刻です。例えば、作業員の高齢化が進んでいる点、残業規制によって作業員一人あたりの据付台数が減少している点、作業員の育成に時間が掛かる点など、今後、人手不足の状況が益々加速すると見込まれているからです。
また、設置可能な昇降機の台数が減少している中、各社一定の利益を確保する為、例えば、下図に示すように、新設エレベーターより利益率の高いリニューアル工事の受注へシフトする、また、標準型エレベーターと比べて設計や施工の手間がかかる割に利益率の低い特注型エレベーターのプロジェクトより、標準型エレベーターのプロジェクトを優先するなどの形で対応していると考えられます。
3. 昇降機の価格はどの程度高騰しているのか?
ここで、昇降機の価格が高騰している現状と背景について詳しく解説していきます。
まず、2017年から2022年12月までの全国における昇降機設備工事費の水準を見てみると、この5年間で36.2%と3割以上も上昇していることが分かります。特に2021年に入ってから上昇率は大きくなり、2020年12月から2022年12月までの2年間で約30.7%も上昇し、2023年以降も上昇推移の見通しであることが読み取れます。(下図参照)
昇降機設備の工事費が大きく上昇した原因としては、メーカー各社が、原材料や資材価格の高騰、円安による影響などを理由に、22年末にかけて昇降機の価格を2割から4割引き上げる価格改定を実施したことが挙げられます。
また、この価格改定に加え、前述した人手不足による需給逼迫と、利益を重視する受注方針へシフトした影響が大きいと考えられ、2023年に入っても昇降機設備の工事費水準は高騰した状況が続いています。
従来、昇降機の価格は、設置までの費用(エレベーター本体と据付け費用)と設置後の長年にわたるメンテナンス契約がセットの場合、設置までの費用は赤字でも受注するといった特殊な受注形態が慣例でした。
しかしながら、メンテナンス契約をセットにすることで設置までを赤字でも受注するといったこれまでの形態も、設置までの費用においても利益を確保する形態へと、この数年で変わりつつあります。
4. 昇降機の今後の見通しについて
これまで述べてきたように、首都圏を中心に昇降機の需給バランスが大きく崩れている点、据付け作業員の不足はさらに加速する見込みである点、さらには、利益率の高い案件を優先して受注する動きが益々強まると考えられる点、これら3点を踏まえると、今後、昇降機の工事可能時期は現在の水準よりさらに伸び、また、昇降機設備工事費の水準は上昇傾向で推移すると考えられます。
何より、この昇降機の工事可能時期が後ろ倒しになっている現在の状況が長く続くと、昇降機が開発プロジェクトにおけるクリティカルパスと成り得る為、建設プロジェクトに与える影響は甚大で、昇降機の発注形態まで変わる可能性があるのです。
具体的に、これまでは、建物の発注者とゼネコンが請負契約した後、ゼネコンが昇降機メーカーに発注する形でした。しかしながら、今後はプロジェクトの計画段階で、建物の発注者(建築主)と昇降機メーカーが発注書または合意書によって納期や価格について取り決める形で、建築主側で昇降機メーカーを確保しなければ計画自体が進まなくなる恐れがあります。
実際に「2027年から2029年までに竣工する高層案件で、既にメーカーを確保できない計画や、仕様が決まる前にメーカーを選定しなければならない計画が増えてきている。」とゼネコン関係者が話すように、請負契約後にゼネコン主導で昇降機の確保を進めている都内の案件において、既に2028年以降竣工予定の超高層マンションや大型複合施設で昇降機メーカーが全社辞退し、難航しているプロジェクトも少なくありません。
さらに「施工を約束していても未契約では、状況が変われば断ってくるメーカーもでてきている。」「エレベーターは更に価格が上がることが見込まれ、ゼネコンが建築主の指定したメーカーと折衝しても効力がないため、コストオン、若しくは分離発注になる工事も多くなるだろう。」と話すように、開発プロジェクトをスムーズに進める為、昇降機の発注形態の在り方について、コストオン方式や分離発注方式が増える可能性もあります。
以上のように、今回は、建物の発注者やゼネコンなどの関係者にヒアリングした結果に基づいて、首都圏を中心に昇降機の工事可能時期が大幅に遅くなっている現状や価格高騰、今後の見通しについて、具体的に解説しました。
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