建設業の社会保険未加入問題(1)~現在の状況と問題の背景~
国土交通省は、2015年3月25日付で、「社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン」を改訂し関係者に対して通知しました。対象となるのは5人以上の従業員を抱える会社及び個人事業者で、2017年度以降は元請け業者に対して未加入業者との契約を認めなくするというのが概要です。
大ナタを振るった感のあるガイドラインの改訂により、多くの下請け業者に影響が出ることが予想されています。この改訂がどのような影響を与えるのかを考えてみます。
建設業の社会保険未加入問題の現状
建設業に限らず、株式会社などの法人や、常時5人以上の従業員を使用する個人事業所については、社会保険(健康保険・厚生年金・雇用保険)の加入義務があります。
ところが、建設業界では社会保険の加入率が平均でも70%強、2次以下の下請け企業に限ると、加入率は50%台に留まっています(国土交通省による平成26年~27年にかけてのアンケート調査による)。本来100%でなければいけないはずの加入率が、なぜこれほど低水準なのでしょうか。
建設業で社会保険未加入が増えた背景とは
もともと建設業界では、職人が個人事業主として仕事を請け負う形が主流でした。例えばタイル職人であれば、どこかの事業所に所属すると、その事業所で受注した物件でタイル貼りが必要になる時期にしか仕事がありませんが、個人事業主として複数の会社から受注すれば、タイル貼りの工程まで進んだ現場から現場へと渡り歩いて、多くの仕事を行うことができるからです。こうした個人による請負の形態を建設業界では一人親方と呼んでいます。
個人事業主である一人親方は社会保険に加入できないため、国民健康保険や国民年金に加入することになります。会社が保険金額の半分を負担する社会保険に比べると不利ですが、高度経済成長期には腕のいい職人が引っ張りだこで「一月で100万円以上稼いだ」、という話も珍しくなく、社会保険に加入せずとも十分に生活することができたのです。
しかし、建設業界が不況になると一人親方の形態では受注が難しくなり、特定の企業に所属して仕事をする職人が増えてきます。本来なら、この時点で企業は社会保険に加入させなければいけないのですが、職人は自分で国保に加入するという長年の習慣が根付いていたことや、企業側が社会保険費の負担を嫌ったこと、就労者側も社会保険に加入することで手取り収入を減らされることを嫌ったことなどが重なり、社会保険に未加入の職人が増えたものと考えられます。
ガイドラインの主な内容
下請け建設企業の多くが社会保険に未加入である状況を改善するために国交省がとった施策が、今回実施された「社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン」の改訂です。このガイドラインは当初2012年11月に施行されたものですが、より効果をあげるために、社会保険未加入企業との契約締結を禁止する条項を盛り込むなどの改訂が行われました。改訂による影響を考える前に、ガイドラインの内容を確認しておきましょう。
まず、ガイドラインの冒頭では、未加入企業が存在することで、若者が建設業に就労しにくい状況になっていることや、法令を順守している加入企業は社会保険料を負担するため、未加入企業との価格競争面で不利になっている現状を、矛盾が生じていると評しています。
そのうえで、未加入問題の解決のためには、元請け企業の果たすべき責任が重要であると述べています。具体的には、下請け企業の社会保険加入状況を把握し、未加入の場合は加入するよう指導する責任があること、また、下請け企業が社会保険費用を捻出できるように適正な請負価格を設定することなどを指摘してきしています。
未加入問題に対する国交省のスタンスは
ガイドラインを要約すると、社会保険未加入問題を解決するためには、未加入企業の責任を追及するよりも、元請け企業を中心として建設業界全体で未加入企業をなくす取り組みが必要である、というのが国交省の基本的なスタンスといえるでしょう。
下請け企業に負担を押し付けない理想的なガイドラインといえそうですが、実際に施行されるにあたっては、いくつかの問題点が指摘されています。次回は、改訂ガイドラインがもたらす問題点を考えます。

「建設業の社会保険未加入問題」はこちらから↓
(1)現在の状況と問題の背景
(2)ガイドライン改訂の影響と今後の予測
「関連記事-働き方改革が建設業に与える影響」はこちらから↓
(1)2018年現在の状況を整理
(2)工期や建設費への影響
(3)建設業で週休二日を実現する為に
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(1)現在までの状況
(2)人手不足の根本的な要因
(3)就労先として人気を得るには
(4)新たな発想で人手不足を解消する
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(1)外国人技能実習生ニーズの現状
(2)実習生の採用から受け入れ
(3)採用のメリットとデメリット