建設業の社会保険未加入問題(2)~ガイドライン改訂の影響と今後の予測~
建設業の社会保険未加入問題を考えるシリーズ、今回は国土交通省が行った「社会保険の加入に関する下請指導ガイドライン」を改訂により、建設業にどのような影響が出ているのか、そして今後どうなっていくのかを考えてみます。
モデル現場の情報を求める国交省
第1回のまとめで、今回改訂されたガイドラインの趣旨は、元請け企業の責任を重く見て、業界全体で社会保険未加入問題に取り組んでいく姿勢であり、ある意味、理想的な内容であるとしました。
その一方で、国交省はホームページで、適切な保険に加入した下請け企業・労働者のみからなる工事のモデル的現場例について、広く業界全体に情報の提供を求めています。※国交省・建設業の社会保険未加入対策について
この動きを、ガイドラインの効果を確認するための自然な行動と見ることはできます。
しかし、モデルとなる成功例の情報をホームページ上で求めるということは、そもそも成功例が簡単には見つからないほど少ないということの表れと見ることもできます。理想的なはずのガイドラインに沿った成功例が簡単に見つからないとすれば、どこかに問題点があるはずです。
社会保険料の会社負担は現実的に厳しい額
社会保険とは主に、健康保険と厚生年金、雇用保険のことを指します。このうち負担額が特に大きいのが健康保険と厚生年金です。
健康保険は所属する保険組合によって負担割合が異なり、課税標準月額の10%を超える組合も少なくありませんが、ここでは仮に10%と仮定します。厚生年金の負担率は段階的に引き上げられていますが、平成28年6月現在は約17.8%です。
この負担率をもとにして、月給が30万円の人をざっくり計算してみると、健康保険料が30,000円、厚生年金が約53,400円となります。合計で83,400円で、このうちの半分、約41,700円が会社負担になります。
例えば従業員が10人いれば、会社は月に40万円以上を負担しなければいけません。ただでさえ少ない利益で汲々としている建設業の中小・零細企業に、この負担を強いるのは非現実的といわざるをえません。
社会保険分を上乗せ請求できるかどうかがカギだが
もちろんガイドラインは、下請け企業に一方的な負担を強いているわけではありません。
下請け企業が負担する社会保険料分を工事の契約金額に上乗せできるように元請けに対して指導するとともに、見積り書や契約書の形式見本も提示して、3次下請け、4次下請けといった、末端の下請け企業の社会保険料負担分を含めて最終的に元請けに請求できるような仕組みの構築を求めています。
ただ、現実的には、この上乗せの仕組みの実現性に疑問を抱く声が多いのも事実です。例えば、仮にガイドラインが推奨する形式の見積書や契約書が用いられたとしても、社会保険負担分として上乗せ請求した金額分だけ、工事の代金を差し引かれてしまうのではないかという懸念があります。
また、就労者側から見ると、社会保険加入前よりも給与を減らされて、会社が負担するはずの社会保険費を実質的に自己負担にされてしまう恐れがあります。
一人親方や従業員5人未満の零細企業が増加する懸念も
社会保険の加入が義務付けられているのは、従業員5人以上の会社や個人事業所に義務付けられています。つまり、5人未満であれば加入の義務がなく、各自が国民健康保険や国民年金に加入すればいいということになります。このことが、今回のガイドラインの抜け道になります。
つまり、現在従業員が5人以上いる零細企業は、4人以下になるように社員を解雇すればいいということになります。そして、解雇された職人は一人親方となって、もといた企業から外注先として仕事をもらうわけです。
こうすれば社会保険の加入義務から逃れることができます。本来、一人親方とは、将来的に自分が親方として職人を雇って、会社や個人事業所を経営するための通過地点としての意味合いが強いものでした。それが、単なる社会保険逃れのための隠れ蓑として利用される恐れがあるということです。
中小・零細企業潰しともいわれるが
こうした問題点があることから、そもそも今回のガイドラインの改訂で国交省が目指しているのは、現状の未加入企業を救済しつつ、社会保険加入を進めることではなく、現に加入している企業を優遇し、加入が困難な中小及び零細企業を淘汰することではないか、とも囁かれています。
このガイドラインが施行される以前から、中小・零細企業でも、きちんと社会保険に加入している優良企業が少なからず存在していたことも事実です。そうした企業にとっては、今後は公正な受注競争ができるわけですから、今回のガイドラインは歓迎といえるでしょう。
重要なことは、今回のガイドライン改訂を、業界を再編する動きにつなげることです。業界全体が一丸となって、悪質な社会保険逃れなどが横行しないように目を光らせる仕組み作りが求められています。

「建設業の社会保険未加入問題」はこちらから↓
(1)現在の状況と問題の背景
(2)ガイドライン改訂の影響と今後の予測
「関連記事-働き方改革が建設業に与える影響」はこちらから↓
(1)2018年現在の状況を整理
(2)工期や建設費への影響
(3)建設業で週休二日を実現する為に
「関連記事-建設業界の人手不足の現状と対策」はこちらから↓
(1)現在までの状況
(2)人手不足の根本的な要因
(3)就労先として人気を得るには
(4)新たな発想で人手不足を解消する
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(1)外国人技能実習生ニーズの現状
(2)実習生の採用から受け入れ
(3)採用のメリットとデメリット